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歓喜したい

仏教と密教

『釈論』に信の十義があり、
その中に「歓喜」があります。
信心すると、
くよくよ心配ばかりということがない。

『理趣経』は
般若(智慧)と方便(慈悲行)により、
一切を清浄にすることが説かれています。
その最後に、
「皆大歓喜信受行」とある。
その前の文から意味を取ると、

「あらゆるほとけ 菩薩たち
 ともにこれらを説きおわり
 これを受け持つひとのため
 みなよろこびて おこないぬ」
(『和文経典』)

「この般若理趣経を受けてよく憶えておく者に
 世間と世間を越えた世界のさまざまな不可思議な効験をすべて成就させるために、
 皆、すべての仏菩薩は大いに喜び、
 信じ受け取って、実践したのであった」
(宮坂先生『密教経典』)

「ありとあらゆる如来たちと菩薩たちは
 このように金剛手菩薩と『理趣経』をほめたたえ終わると
 この経典をあがめたてまつるものたちを、
 究極の悟りにみちびくために
 みなそろって大いに歓び
 この経典を深く信じ、
 心に絶えず思い、
 この経典が説くとおりの修行に励むことになったのでした」
(正木晃 『理趣経』)

真理を説く人、
それを受け取る人、
両方をほめたたえて喜んでいる、
ということ。

金剛頂経の世界では、
一切義成就菩薩(お釈迦さま)が、
一切如来のアドバイスによって成道した時、
加持を受けます。

悟った、ブッダになった、
その時に、一切如来から大きな歓喜を受けた、
と私は捉えています。

やったー
よかったね
すばらしい
ばんざい
おめでとう
うれしい
きゃ-きゃー
ごはん、おいしかったね
勉強できて良かったね
仕事うまくいったね

みんなで歓喜する
そういう日々でありたい

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