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似ていることが重要

仏教と密教

家族のように、
同じ環境で同じ食事をしていれば、
身体も心も似てきます。
流れる血が似ている。

仏と同じ言葉同じ思いになれば、
仏に似てくるでしょう。

真言を唱えれば似てきます。
同じ言葉を話すから。
脳への刺激が同じだから。

合掌など、
印を結べば似てきます。
観想すれば似てきます。

行い、言葉、思いが
きわめて似ているということは、
その相手と同じと考えてもいい。
そのみっつが同じなら、
仏でも私でも役割は同じだから。

密教では、
真言を誦し、
仏界を観想するというシンボリズムで、
仏身を円満します。
人が実在者と相似ならば、
その人はそれと同一である
という考えかたです。

ですから、

大日如来=宇宙法界=自性清浄心=自身
となるように、
自分を
行い(印)、言葉(真言)、思い(瞑想)
によって再構成します。

『吽字義』には、

「実体的自我を観想する境地に入れば、
 あらゆる存在がその中に含みこまれてしまう。
 したがって密教の教えでは
 我は即ち法界 我、即ち法身、我、即ち大日如来、我、即ち金剛薩埵、
 我、即ち一切仏、我、即ち一切菩薩、我、即ち縁覚、我、即ち声聞、
 我、即ち大自在天、我、即ち梵天、我、即ち帝釈、
 乃至我、即ち、天龍鬼神八部衆等なり」
とあります。

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