昔のブログ

自己の秘密を告知するドラマ 1

仏教と密教

世尊が三昧(もっとも深い精神集中)に入ると、
世界に満ちている如来の心臓から心呪が発生し、
この心呪を唱えることで、世界は如来のいのちのあらわれとなり、
多くの勇者が出現し、みな世尊の心臓におさまりました。
世尊とは宇宙法界、自性清浄心の別名。

心をコントロールする瞑想行により、
不安と怖れを排除した勇者は、
前世の前世、そのまた前世を見ることにより、
輪廻の全体像を見ます。
それを人間全体に投影した時、
生の連鎖が、苦の原因である、と体験します。

現実世界にあるのは苦集滅道の四諦。
人間の生は全くの苦である。
なぜなら、
人間世界が存続するための本質が渇愛(loveでもlustでも passionでも、とにかく執着)だから。
そしてそれは性の力を根本とする。
性の力によって生が繰り返され、
人間はその生の流れを求め、楽しみ、喜ぶ。
根本的な愚かさの迷いとは、この無意識のうちの渇愛である。
渇愛があるために、
自我を主張し、病と老いと死と思い通りにならないことを嫌い、
他より優れることを望み、
怒り、貪り、愚痴が生じる。
他より自分、
よその子より自分の子。

この渇愛を滅することにより、
寂滅平等の境地に至ることができるはずである。
その方法は正しい生活、その中心は不淫。
その道を実修することで、苦から解脱し勇者となる。

しかし、それはあまりにも現実的ではなく、人間的ではない。
そのような修行を続けていれば、人間は滅んでしまう。
したがって、こんな話は誰も理解してくれないだろう。

真理は言葉で表現できない、
表現したとしても、聞く側の能力によって誤解が生じる。

勇者は自分が悟った境地を、他に説くことをためらいます。

人は誰でも、
自分の発言が、他人を煩わせることがないか、と考えるものです。
他を害することがあるなら、何も言わないほうがいい。

その時、
虚空に現れた世尊が言います。
世界には、心の平安と寂静を求め、
愚かさの迷いを悟りに変えたい、と悩んでいる人がいます。

その数は少ないかもしれないけれど、あなたの悟った教えは必要なもの。
ぜひ、説法するべきです。

勇者が真理を発見し、
苦から解脱する方法を説く以前から、
世界は存在していました。

ならば、真理の教えを説く必要はあるのでしょうか。

・・・続く・・・

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