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真実がそこにある

仏教と密教

つねに何かを見て聞いています。
見るものと見られるもの
聞くものと聞かれるもの
見る、聞くのは私の心(感覚器官や認識のしくみ)
見られる、聞かれるのはモノ、現実、事実。
事実はそこにあるのだから、
真実と考えてもよいでしょう。

見る、聞くという主体が
妄想、錯覚にならないように注意すれば、
見られる聞かれる客体と不二になります。
つまり、
主客一体の立場になれば、
私、自心も真実です。

見るものも、見られるものも、
生じたものは滅します。
それが現実の真実。
生じないものは滅しない、
すべては妙有というのが、
主客不二の真実。

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