昔のブログ

粉みたいな私

仏教と密教

小麦粉やそば粉など、

粉をそのまま食べるのは難しい。

吹けば飛んでしまう。

なので、

水や湯でこねてまとめます。

さらに、

細く伸ばしたり、薄く広げたり、

それを茹でたり焼いたり揚げたりして食べる。

粉自体には、どうしようという気もなく、

いろいろなものに変化します。

こうでなくてはいけない、

というものがないから、

何にでも変化する。

粉ひとつぶひとつぶはみな違います。

同じように見えるけれど、違う粉つぶ。

違う粉の集まりがあって、

それが縁と条件によって、

そば、うどん、パスタ、餃子の皮などに変わる。

区別すればうどん、そうめん、ひやむぎだけれど、

平等に見れば粉。


毎日の暮らしでは、

勝手に影を作って光が見えなくなっていることがあります。

何にでも変化する粉を見ていると、

そういうことに気がつきます。

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