昔のブログ

かんじる、おもう、はからう、わかる

仏教と密教

「法身の三密は繊芥に入れどもばからず
 太虚に亘れども寛からず」(吽字義)

真理は一塵の中に、
大は宇宙に遍満して、
どこにでも遍在している。

「仏法遥かに非ず、心中にして即ち近し。
 真如、外に非ず、身を棄てていづくにか求めん。
 迷悟我れに在れば、発心すれば、即ち到る。
 明暗、他に非ざれば、信修すれば、忽ちに証す」
(般若心経秘鍵)

世界は自分の心のありかたによって忽ちに変わる。

こういう文章を読むと、

迷い悟り、幸不幸、好き嫌い、苦楽など、
ものは思いようだなあ。

感じて思って気をつけて知り分けることが、
迷いおろかさ煩悩になるか、
悟り幸せ完成になるか、
ものは思いよう。


仏教は、
ものの思いようを練習して、
自由自在に思えるようになり、
無限の一心になる、
といってもいいかな。

そう思えないことを思えるようにする。

思う世界(心)を無限に広げます。

食事、睡眠、運動、生活習慣などで、
身体を調え、
呼吸を調え、
心を調えて、
ものは思いよう。

宇宙法界=大日=仏=虚空=自性清浄心なのだから、

そう思うことができて、

そこから見れば、

すべてが満ち足りていて何の心配もいらない。

タイトルとURLをコピーしました