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目覚めと手だて

仏教と密教

『理趣経』に、

菩薩勝慧者        乃至盡生死
恒作衆生利        而不趣涅槃
般若及方便        智度悉加持
諸法及諸有        一切皆清浄 

『和文経典』では、

こよなき智慧の ひじりらは
いましこの世の つきるまで
つねに救いの わざをなし
やすらいにゆく こころなし
般若めざめ方便てだて たぐいなき
加持めぐみのちから てりはえて
この世のまよい すべてみな
きよけきものと なりぬべし

『理趣経』は悟りへ導くお経。
その内容は、
あらゆるものは清浄である、ということ。

ここにある般若と方便、
これが大乗仏教の基本です。

般若は、
梵語・prajñāで、智慧のこと。つまり悟り。

この智慧は、
すべてを明らかに見抜くこと、空を体験すること。
自他の差別がない
ないものを有ると錯覚しない
事実と事実でないものを見極める
それによって得られる、
ありのままを自心に映し出すこと

方便は現実世界への働きかけ。

いくつか引きます。

「大乗仏教の基本的な考えかたである般若(仏教の基本的原理)と方便(原理の実践)の一元化がはかられ・・・」(『密教』松長有慶)

「般若と方便とを一体化した知恵の働きをもって加持を受けて、一切の生きとし生けるものをみな清浄にすることができる」(『理趣経』」

さとりの真実の智慧(般若)にもとづく人びとの救済の手だて(方便)と、悟りの智慧の完成(智度)とをもって残らず不可思議な力を加えて、あらゆる存在するところのもの、およびもろもろの生きとし生けるものの現実世界は、すべて皆清らかならしめる(『密教経典』宮坂宥勝)


最高の智慧と最高の実践をともに駆使して、この世の迷える生きとし生けるものすべてに、聖なる力を注ぎこんで、この世の生きとし生けるものすべてはもちろん、森羅万象までも、清浄にしようとしつづけるのです(『理趣経』正木晃)

智慧だけでは世の中の役に立たない。

方便だけでは、間違いや危険、錯覚、妄想になるかもしれない。

智慧というバックボーンのある方便。

すべて清浄であると目覚めて、すべては救われる。

智慧と方便の一体化が大切。

勉強して、考えて、体得して、
実践する、役に立てる。

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