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十一面観音の拝みかた

仏教と密教

どの仏さまでも同じですが、
身体を調え、真言を唱え、悟りの世界をイメージします。
拝む仏さまの悟りの境地を体験(三摩地)するために拝む、
これは比較的成熟した仏教所作です。

十一面観音の場合、
oṃ lokeśvara hrīḥ
(オーム、世間において自在なるかたよ、フリーヒ)
(オーム ローケーシュヴァラォーケーシュヴァラ フリーヒ)
(オン ロケイジンバラ キリク)
または、
oṃ mahā-kāruṇika svāhā
(オーム、大いなる慈悲をもつかたよ、スヴァーハー)
(オーム マハーキャールニキャ スヴァーハー)
(オン マカ キャロニキャ ソワカ)
の真言が、仏と自分の間を交流するように唱えます。

そして、その姿と、境地を観想して
自分の中に十一面がいる、
自分とそれは似ている、
ということを体験します。

十一面観音の境地とは、
施しと忍耐と智慧(存在とは何かを知る)によって、
貪り、怒り、無知のために迷う者を利益し、
頑張っている人を応援し、
善悪を分ける心を除き、
寂静の心になる。

この短い真言は瞑想のために唱えるもので、
これによって、お金が儲かったり、病気が治ったりすることはありません。

そのような現世利益については、
『十一面観音神呪経』に説かれています。

根本呪である、
tadyathā: Oṃ dhara dhara dhiri dhiri dhuru dhuru itī-vāti. cale cale pracale pracale kusume kusuma. vare ili mili cili citi jāla mapanaya parama śuddha sattva mahā-kāruṇika svāhā
(憶持せよ、憶持せよ、震え立ち~呪文~最勝清浄のかたよ、大哀愍尊よ、熱悩を取りさえたまえ)
正しい発音、唱えかたを知りたいかたは、ご連絡ください。

を、早朝に108遍唱えることで、下記の功徳が得られるとあります。

病気にかからない、銀財宝や食物などに不自由しない、怨敵から害を受けない、
毒薬や虫の毒に当たらず、悪寒や発熱等の病状がひどく出ない
凶器によって害を受けない、溺死しない、焼死しない、不慮の事故で死なない、
地獄・餓鬼・畜生に生まれ変わらない、早死にしない、極楽浄土に生まれ変わる、等。
これは比較的原始的な仏教の所作です。

この根本呪は心真言(hṛdaya)であり、
般若心経の心と同じです。
如来の心臓、すなわち心髄、悟りが花開くところ。

重要なのは、
心真言は、唱えることで得られる現世利益によって安心を与え、悟りへ導く、
ということ。
親が子を導くことと似ています。

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