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清浄=平等=入我我入

仏教と密教

人間の心は自分が思っているよりもはるかに広大で、清らかである、
というのが密教の立場です。
これは虚空に喩えられます。
大きくて広くてすべてを包み込み、
仕切りがなく、染まっていない。本来清浄。

つまり、自分には無限の可能性があり、それを開発できる、
ということを信じるのが密教です。

買ったばかりの白いTシャツは、
ほこりや汗で汚れるけれど、洗えばきれいになります。
心もそのように、何かに染まっても、修行すれば清浄。

本来清浄というのは、
汚れていないから、きれい、
いうことでもありますが、他との区別がないということです。
自分と仏の区別、自分とあなたの区別はもちろん、
すべてのものと思いに、区別がない状態が清浄。虚空のように。

区別がないから、自他も凡聖も迷悟も貧富も平等。
この平等を観じることを入我我入と云います。

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