昔のブログ

見る、思う、唱える

仏教と密教

拝む前には呼吸を調えます。
深呼吸を3回、
そのあとは身体全体、全身の毛孔から呼吸するイメージ。

『無畏三蔵禅要』には、
調気とは先づ出入の息を想へ。
自身の一一の支節筋脈より亦皆流出す。
然して後に口より徐々にして出づ
至る所の遠近を知って、還って復徐々にして鼻より入りて、
還って身中に遍せしめよ。乃至筋脈に悉く周辺せしめよ
とあります。

道場や仏前では、
御本尊を見て、
その誓願や真言の意味を思い、
真言を唱えます。

例えばお大師さんを前にして、
そのお姿を見て、
お大師さんの書いた、残した言葉を味わい、思念する。
そして、南無大師遍照金剛、と唱えます。

吐く息が途切れるまで唱え、
息を吸ってからまた、吐く息に合わせて唱える。
そんな感じ。

お大師さんの言葉や、真言の意味を繰り返し思い、
それを味わい、その中に入り、
それになろうとします。

最初はあちら側に本尊を見る、
次に、心の中に本尊を見る
そして、その違いが無くなるまで拝みます。

道場外では、
自然や街や人やモノ、あらゆるものを見て
そこに真如を思い
真言や南無大師遍照金剛などを唱えます。

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