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火はなぜ燃えるのか

仏教と密教

『秘鍵』に、
「無辺の生死、何んが能く断つ
 唯だ禅那正思惟のみ有ってす」
(苦や迷いから離れる方法は、瞑想修行と勉強によって得る智慧である)

「迷悟我れに在れば、則ち発心すれば、即ち到る。
 明暗、他に非ざれば、信修すれば、忽ちに証す」
(悟りの光も、迷いの闇も、自らの他にはない
 勉強し修法すれば悟ることができる)

とあります。

悟りと迷い、仏と凡、賢さと愚かさ、そういうものは自分のなかにあり、
灯で闇が消えるように、
智慧によって迷いが消える、
ということ。

また、護摩では

「身中の惑障煩悩を焚焼して不動明王を変生す」(『不動明王念誦次第』)

「護摩の智火を以て煩悩の薪を焼いて成仏する」(『秘観』)

などとあり、智慧の火によって、迷い愚かさ煩悩を焼く、
ということです。

ということは、
暗闇が深いほど、光はほんのわずかでも明瞭でしょう。
闇が無ければ光もないはず。
煩悩の薪が多いほど、智慧の火は大きくなるでしょう。
薪が無ければ火は燃えないから、
悩み煩悩が無ければ、悟りの智慧も無い。

闇であり、火で焼かれるものは、
自我、差別、執着ですが、
それがたくさんあっても構わない。

お先にどうぞ、
みんな一緒に仲良く、
比べない、
まあ、いいか、
そういう心の機会が増えれば、
迷いがどんどん悟りに変わるかもしれない。

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