昔のブログ

自己は完成するのか

東海道新幹線の車両はN700系。
同じ車両だけれど、
のぞみ、ひかり、こだまの区別があります。
それぞれ、行先、停車駅、速度、サービスが違う。
役割が違うけれど、同じN700系、同じ新幹線。

同じようの仏さまに種類役割の違いがあり、
僕らいのちあるものも同じです。

全ては如来のいのちの現れと考えますが、
それぞれの存在が交流円融してバランスがとれています。
のぞみだけでは困る、ひかりもこだまも必要。

日常や世界を見て、
そのようなバランスがとれているという印象が悟りになります。

『般若心経』に、
阿耨多羅三藐三菩提(あのくたら-さんみゃくさんぼだい)という言葉がでていきます。サンスクリット語 (anuttarāṃ-samyak-sambodhiṃ)の音訳で、
意味は、
最も優れた正しい理解、無上なる完全な悟り

この阿耨多羅三藐三菩提という智慧の完成によって、
自己の完成がある、と考えています。

自由な心は、自分の工夫でどのようにでもなります。
心には妨げるものがある時がある、
しかし、無い時もある。
その時、執着と差別を離れ、心の内外のバランスを調える。

『般若心経』には、
心に妨げるものがなければ、恐怖もない。
誤った考えや妄想を超越して、寂静な心を究める。
過去・現在・未来の諸仏も、智慧の完成によるからこそ、
無上なる完全なさとりを得るのである。

とあります。

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