昔のブログ

心の蔵を覗いてみる

仏教と密教

速いものといえば、
音速の「こだま」、光速の「ひかり」、一番はこころの「のぞみ」

心はあっという間にどこへでも行けます。
そして大きく広い。

その中には何があるのでしょうか。
蓄積されているものは、
1、見たもの、聞いたもの、嗅いだもの、食べたもの、触ったもの触れたもの
2、それらを認識する意識。
たとえば、
鳥が鳴いているのは、聞いたもの
それを鳥の声と認識するのが意識。
1、は現在のこと。2、は過去・未来・現在の内容を持つ。
1、はただそのまま、あるがまま、
2、は予想したり意見を伴ったりもする。

3、自我
事実とそうでないもの、
無いものを有るものと考えたりする。

4、普通の生活では現れない深層心理(普遍的無意識)
そこには、1、から3、までのすべてが蔵され、
それが本になって、日常の言動が生じる。
ここにあるAが発芽して、自我へ上り、いろいろなものが生じる。
それはまた、印象となって、ここへ戻ってくる。

なので、4、に無いものは思わない、現われない。
つまり、この見かたでは心は無限ではないと考えられます。

でも、
「あらゆるものは生じない」ことを体験するトレーニングによって、
4、を開発すれば、
心は無限の広がりを持つ、と考えています。

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