昔のブログ

YES NO

仏教と密教

仏教には、
あれでもない、これでもない、
と否定することで真実を表す方法と、
あれもOK、これもOK、
と肯定しながら真実を表す方法があります。
それぞれが真実を表す両面として、
否定してたどり着いたところから肯定する、
という考えかたもあります。

『吽字義』に、密教の表徳面として、

同一であって、而も多数であり、多数であって、しかも同一である。
さとりの当体は無数であり、さとりの智慧は限りがない。

降る雨滴は数多いが、それらはいずれも一つの水に過ぎない。
灯の光は無数であるけれども、その光はひとつに溶け合っており、区別することはできない。

ものと心は、量り知ることができず、
その真実の姿は、はてしがない。

それらは無限に重なり合い、
理解しがたいが、それぞれに仏の五智をそなえている。

そして、多数であって異ならない同一のものであり、
しかも異ならないものでありながら、多数として現れる。

悟りの世界では、
本来はすべて無差別・空であり、実体は無いけれど、
現実の世間では、
そのままに存在しているものが真実である、
そして、それらは必ず生じては滅する、
ということかな。

コメント

タイトルとURLをコピーしました