1981年春、
入学したばかりの僕は、
松葉杖姿で大学近くに間借りしていました。
部屋は三畳。
毎日ラジオを聴いていた。
雨が降ると傘がさせない。
学校に行けない。
だから、
僕に好意を持っていた(と錯覚していた)女の子に、
車で迎えに来てもらう。
あの頃、
1メートル以内に近寄ってくる女の子は、
みんなオレに惚れているにちがいない、と思っていた。
だから僕はひとりぼっちではなかった。
毎日のようにFENから聞こえてきたのが、
Stars on 45のビートルズ・メドレー。
「ひとりぼっちのあいつ」が素敵。
部屋でひとりで飲む酒を覚え、
FENでカリフォルニアやオーストラリア、
そしてプログレッシブ・ロックを聴き、
世の中を下から見上げていた。
20年後、
どこでも、
扉を閉めてひとりきりになって拝む、祈ることを覚えます。
でも、ひとりぼっちじゃあない。
そこは南天鉄塔中の大日如来と金剛薩捶のように、
聖なるものと二人。
そして、僕らは凡聖不二、無分別。
外出先でひとりで寝る時、
ひとりぼっちじゃあない。
目を閉じればだれかが近くにいるのがわかります。
ひとりぼっちは寂しいだろうか。
ひとりぼっちの手相が増えているでしょう。
良い手相の人と、
そうでもない手相の人の差も、
大きくなってきている。


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