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私とは何か

仏教と密教

即身成仏する根拠のひとつが、
『大日経』にいわく、
「この身を捨てずして神境通を逮得し、大空位に遊歩して、しかも身秘密を成ず」と。

この一生の中で、
思うままに行動できる不思議な力を得て、
大いなる空の境地において自由にふるまい、
しかも聖なる仏の体を完成することができる。」と。

それはどのようなものか。

観習成就する時は延促を須ひずして唯明朗のみを見る
(無相観)
法界円明なり
明朗寂然として一物なし(阿字観)
本不生は心は虚空のごとくにして不生不滅なり(秘蔵記)
円明を観ずる、これ至極なり(秘蔵記)

本不生不可得空といいますが、
これらは心の問題です

モロボシダンがウルトラセブンに変身するときは、
身体が変わりますが、
心だけ変わる。
仏になる。

心は実体がありません。
自分の外側にもないし、身体の中にもない、どこにもない。
脳の働きのひとつかな。

実体のないから不生不滅です。
生じたり滅したりしない。
でも、現実の自分は悩み苦しんでいる。

それも事実ですが、
現実は生じては滅します。
ですから、
無いものを捕まえて、
脳で勝手に作って、
悩み苦しんでいる。
そう持っているだけ。
そう思わなければいい。
ものは思いよう。

いろいろな波があっても同じ海である。

海上の波を観るか、
潜った海中を見るか。

脳に支配されるか、
脳を支配するかです。

どちらも選べます。

私と私のもの(私の身体)が何かを観察してみます。

私と私以外の区別を見極めます
その仕切りをなくしてみると
私は無くなる可能性があります
私は私以外と一緒になる。
ひとつになる。
私は単なるイメージに過ぎないことが分かります。
仮にあっただけです。
心は脳と心臓を指しています。
脳はそのもの、
そこから識(煩悩)が生まれ、
感覚器官を通して外へ出て、
また外から感覚器官を通し、
識に蓄積されます。

心は如来の蓮華座、住処です
そういう風に考える

即身成仏するとどうなるのか
もちろん外見は変わらない。
「いかなるをや深信という。 謂いわく、 久久に修行して法験を得ずと雖も、 疑慮を生ぜず、
退心を生ぜざるなり。 ・・・
或いは本尊、 行者を試さんが為の故に、 ・・・
或いは宿障が重深なるが故に、 ・・・
或いは魔、 妨をなして覆蔽ふくへいするが故に、 ・・・
疑い怠るべからず」 (末代真言行者用心)

 
気がつかないのかな。

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