心、意識、魂、霊、前世、神、仏・・・・・
そういうものでなくても、
人が見えるものは、
赤から紫までの範囲で、
赤外線も紫外線も放射線も見えません。
確かにあるとだれもが知っていて、
身体に取り入れている酸素や窒素も見えない。
見えない小さな生き物もいっぱいいます。
バイキンやウィルスも肉眼では見えない。
気とか波動も見えない。
ラジオや携帯の電波も見えない。
遠くの星も見えない。
でもあります。
聞こえるもの、
知り得るものも同じようなことです。
天からみればほんのわずか。
観音さまやお不動さんは、
隣のおばちゃんのように具体的にはいないでしょう。
ウルトラマンが本当にはいないように。
いや、宇宙のどこかにはいるのかしら。
密教の大日如来は真理を身体とした具体的な仏、
と説かれています。
真理をみずから説法し、
ダイナミックに存在していると。
それが聞こえないのはこちらの宗教的感性が鈍いから。
花が咲き、雨が降り、風がそよぐのは、
如来が説法している姿。
でもそれは、
頭の中で、
つまり脳内でそういうふうに作っているだけではないのだろうか。
見る、嗅ぐ、味わう、聞く、触るという語感も心の働きです。
それは脳の働きでしょう。
その語感を牽引しているのが意識。これも脳の働きでしょう。
意識を作りだすのが自我です。
仏教ではこれを嫌います。無我の宗教です。
自我が迷い、不安、苦しみの根本原因となるからです。
私が、私の、という心が。
その自我が生まれるのがアラヤ識。
深層心理の源底。
あらゆるものを生み出す種です。
このアラヤ識は、
一心という仏心から生まれます。
神や仏はウルトラマンのような存在ではないけれど、
いるでしょう。
それが脳の中にいるというレベルと、
そうでないレベルの人がいるはずです。
霊魂や前世は全くの錯覚か、
脳が作りだした物語です。
見えたり感じたりするのは神経的な働きだからです。
生食を続けるとだれでも霊や前世が見えるようになるのが一つの証拠です。
陰性になると過去が見えます。
これは脳細胞が代謝するときにその細胞が持っていた過去の記憶や、
その細胞が持っていた情報がよみがえるためのようです。
動物性の陽性になると騒ぎと恐怖が見えます。
植物性のアルカリの陽性なら、未来が見えます。
目に見えない何かに原因を求めようとすると、
努力精進苦労をしなくても幸せになれるという錯覚が生まれます。
原因も結果もすべては自分の中にあるのは確実ですから、
努力すれば結果は自分の望むようになります。
もしくは、諦められる。
仏教のさとりとは自分の心をありのままに知ることであり、
しあわせになることです。
そしてそれはすべての人が体験できるはずのものですが、
精進修行すれば、誰でも悟れる、ということです。
心とはただそれだけのこと。
見えない世界とはそういうもの。
そのように体得できることがさとりです。
すべて、それだけのこと。
こう思えなと、
苦しみ、迷い、不安があるでしょう。
ものはおもいよう、です。
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