過去帳は、
故人の戒名俗名命日家族関係などの、
個人情報が書かれたデータベースです。
戸籍や住民票みたいなもの。
檀家制度が出来てからの習慣ですから、
17世紀以降、割と新しい。
当山は天安元(857)年創建。
檀家制度も過去帳も無い、
1,100年以上前からあります。
さて、
伊勢湾台風の時に、
屋根が飛んで水浸しになって以来ボロボロのまま、
と聞いている、
元禄時代の過去帳。
新しく作りました。

触るとボロボロ崩れる過去帳。
写真に撮って製版。
優秀な印刷屋さんに
助けられました。

過去帳はデータにも入れました。
これは印刷して、仮過去帳とします。
この古い過去帳、
興味深いものがいくつか載っています。
当時の流行だったのでしょうか。

前書きの
京都紫野 義統僧正。
臨済宗で宝永3年(1706年)には大徳寺第273世住職。
経真言を唱えて供養を行い、
その功徳を回向し、
版木に彫って出版し、
世に広く行き渡らせたい。
過去の心はすでに捉えることができず、
未来の心もまた得られず、
現在の心も得られない。
と問うたとき、
仏の教えもまた名前だけになってしまうのではないか、
それなのに形骸化した僧侶の生活をしていてよいのか
煩悩や凡人心は深いけれど、
諸仏の広大な慈悲の光が、
それを照らし出す。
たとえ微妙な行いであっても、
常に仏を心に留め、
修行するべきである、
京都智積院運敞僧正の『霊簿題辞』天和2 1682年
法性は澄みきった虚空のようであり、
どうして過去現在未来の変化があろうか。
わたしたちには無明煩悩 があるため、
本来は虚空のような法性のなかに、
地獄や極楽、苦楽の世界をみてしまう。
ここから過去現在未来の迷いの世界が成り立つ。
この刹那の迷いが積み重なって、
天女が羽衣で大岩をなでて、それで岩が削れらるほどの長い時間
にまで至る。
その心の迷いの目を削り落とさない者は、
たとえどんなに広い宇宙の真理を極めたつもりでも、
真実の姿を見ることはできない。
だから、迷いの世界にさまよう親や先祖を救うため、
福と智を積み、忌日 命日 に名前を記すための霊簿(過去帳)が必要なのだ。
亡くなられたかたの名前を命日の日付に結び付けてきろくしておくことが、
後世において、
過去帳を引いて供養し、祈りをささげるための拠り所となるのである。

『密教佛事問答』「霊簿」に、
今の霊簿は、経軌の中に出ているものではない。
唐の戒禅師は天子の勅を受けて、
ひとつきの三十日に三十佛を配した。
朔日の定光佛をはじめとして晦日の釈迦如来に終わる。
これをしるして毎日、礼佛をなして、
人天の福を修することからおこったのである。
今、世俗において霊簿に毎日、佛名を書き載せるのは、
これによるものである。
このことは、『虚堂録』の第七の「佛事編」に見える。
または、わが朝においては、
慈覚大師の弟子、良性はこれによって三十番神を三十日に配し、勧請して、
如法に経を守護させた(延久5年) 1073年
これは朔日に熱田大明神、二日に諏訪大明神など、世に知られている三十番神である。
それより後は、各々こころざす霊名を、その当日にしるして、回向の備えとする。
とあります。
過去帳には事実が書かれています。
先に出した立石寺観音堂縁起(『立石寺のしおり』)
とともに、歴史を刻むもの、残すもの。
歴史が見えなくなる、
過去と断絶すると、
今の立ち位置があやふやになります。
歴史の上に立って考える。
薄い不安定な今のバックボーンです。
復刻版はA4再生紙 表紙竹はだ 無線綴じ。
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