運が良いと感じると、
何だか安心します。
天気が良い、
収入が多い、
懸賞に当たる。
運が良くなるのは、
画数と食べ物です。
電気は送電に一番ロスがあるから、
使うところで発電するのが最も効率的。
だから車も自分で発電するのがいい。
エンジン、モーターは走っていれば発電できるし、
車に風洞をつけてプロペラを回せばそれでも発電機を回せる。
停まっているときは屋根やボンネットもソーラーパネルだらけにしておけばいい。
当時高校生の長男と、
そんな話をしていたら、
でもさあ、やっぱりチャリが一番だよ。
だって、もっとも信用できるのは自分の体力だからさ。
という。
信用できるものがあると安心する。
安心は元々仏教語で「あんじん」と読みます。
疑いなき不動の信心のこと。
翻って心の工夫、内心の心配り、
そして、心が安らかであること。
禅の世界では安心立命 ⇒心を安んじて天命を立てる、
というような使いかたもありますが、
幼子が母親に抱かれているような、仏に包まれた気持ちが安心。
僕らは両親から生まれてきたけれど、
それだけの縁ではない。
その前のご先祖さんはもちろん、
地球宇宙のすべての力が縁となり条件となって生まれ育ってきた。
父は大地のようであり、母は大海のようだ。
僕らは大地大海大空とも直接間接につながっている。
その中の元素が僕とあなたと自然とを行き来している。
だからね、
僕はいつでも何かに包まれて、
抱かれているから、
いつも安心していられる。
だから、ご本尊さんに心から礼拝する。
人は慾のために「我」がおこる。
そして「我」のために苦しむ。
だから、苦しい時は「我」を捨てればいい。
というのが諸法無我という仏教の立場。
私の、私の物、私の子、私のお金・・・・という「我」。
我があるといつまでたっても安心できない。
もっともっとと欲が出るから。
なんで僕には、何で僕だけ、なんて思ってしまうから。
我を肯定したり否定しているうちは改善しない。
我は大きく利用すればよろしい。
私のもの、ではなくてみんなのもの、とか。
これは私のお金、
ではなくて世界中のお金はみんな私のお金、
でも、みんなに貸してあげる。
管理が面倒だから。
もっとも良いのは、「私」「私のモノ」なんていう実体は無い、
と気がつくこと。
相互依存で成り立っているにすぎないと知ること。
仏教には安心を得るための様々なカリキュラムがあります。
第一は、ひとり山林で閑静に坐し、瞑想修行する方法。
第二は、行住坐臥をすべて規律正しく作法し、折り目正しく生活すること。
第三は、内側と外側を区別すること。本質と姿を分別すること。
第四は、執着を離れること
第五は、自己の内部に仏がいますことに気が付くこと。
安心できない状態にも陰性と陽性があります。
肩こり頭痛腰痛イライラなどの陽性症状を伴う時は、
陽性の「我」があるから安心できない。
これらは温かい陰性なもので塩気を抜けばいい。
陰性な「我」はお腹が冷えて顔色が悪い。
これはお腹を温めて、
陽性なものを少し摂ります。
そして安心。
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