『理趣経』には、
一切は清浄であると説かれています。
すべてのものも心も、
本来、買ったばかりの白シャツのように汚れていない。
生きているうちに、汗やほこりにまみれるが、
洗えば、元のように、きれいになる。
生きている行為も言葉も思いも清らかである。
修行すれば、
本質的に。
大乗仏教では、
煩悩障と所知障を同時に滅すれば、
自利と利他は叶います。
密教では、
主観と客観が不二である、
と説かれています。
自分を全体の中に融合させ、
そうすると自分がなくなり、
溶けちゃうから、
全体の中で自分を生かし、
自分が全体と一である、
という感じ。
それが清浄かしら。
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