昔のブログ

密教、仏教、精進料理、望診法の

動画はこちら

孤高

仏教と密教

『「甘え」の構造』では、
甘えとは、
周りの人に好かれて依存できるようにしたい、
という日本人特有の感情だと定義する。
この行動を親に要求する子供にたとえる。
また、親子関係は人間関係の理想な形で、
他の人間関係においても、
親子関係のような親密さを求めるべきだという。

そうなのだろうか。

ひとりで生きることが苦手な人も少なくない。

私は、ひとりのほうがカッコいいと思っています。
つるむのはカッコ悪い。
人と同じなのも嫌。
志の違う人と一緒にいるのは苦痛ですらある。

人間は本来ひとりである、
と知ることが、
大人になることではないだろうか。

お不動さんを見て、
怖い顔をしている仏さまですね。

そう、憤怒の姿です。

お不動さんはどういう仏さまかと言うと、
子どもを拝む仏さまです。
子どものように、
非力で能力の劣る相手にこそ礼拝する。

子どもには厳しく礼節と品格を躾けるべきですが、
子どもを拝むというのは子どもと同じことをする、ということです。

子どもに早寝早起き規則正しい生活を命じたら、
自分も同じようにします。

子どもに勉強しなさい、
と言ったら自分も勉強をします。

自分だけ甘いお菓子を食べて、
子どもには与えない、というようなことはいけない。

そういうお不動さんの生きかたを知れば、
大人になってひとりで誇り高く生きられます。

OFUSEで応援を送る

コメント

タイトルとURLをコピーしました