『理趣経』第三段には阿閦如来の悟り。
教化することの難しいものをやっつける。
もちろん、危険な場合です。
怒りは、
自分自身の内面的な敵と戦うものです。
煩悩をやっつける。
怒りの対象は自分自身。
戯論(分別)をやっつける。
道徳では、
欲望はほどほどに、
怒ると健康に悪いよ。
顕教では、
怒らないように、愚かさを無くす。
密教では、
欲をもっと大きなものにする。
次元を超える。
対立をすてる底なしの欲、怒りにする。
大きな怒りに育てる。
我の無い、世の中の為の怒り。
第十段には、四種の忿怒が説かれます。
菩提心を基にした忿怒、これは差別が無い。
すべての煩悩や汚れを調伏する怒り、
相手の良いところを取りあげるための怒り。
すべての、清らかさのための怒り、
相対的でない怒り。
すべての可能性のための怒り、
大きな視点からみた怒り。
相手を悟りに向かわせるための怒り。
自分の感情ではなく、
菩提に基づいた怒り。
自分の感情ではなく、
相手の立場を想って怒る。
ゆとりをもった怒り。
イライラしたら、笑って真言を唱えます。
心安い真言を。
肉体的に怒りを消す方法も、
日常生活の中で見つかるでしょう。


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