『弘法大師空海全集』第1巻(筑摩書房、1983年)解説抜粋、宮坂宥勝によると、
まず最初に、この住心は密教の曼荼羅の世界であることを次のように端的にのべていう。
秘密荘厳心とは、すなわちこれをつきつめていえば、自らの心の源底を覚知し、ありのままに自らの身体の数量を証悟するのである。いわゆる胎蔵海会の曼荼羅と金剛海会の曼荼羅とがこれである。
このように、秘密荘厳心は曼荼羅の世界として表現されるものであって、それは『大日経』住心品に「いかなるか菩提、いはく、実の如く自心を知る」とあるように、一言でいえば、さとりの世界であり、実の如く自心を知ることにほかならない。
(略)心の発達の順序が十住心体系で、それはまさに背暗向明のはたらきなのである。
(略)竪の構造を見ると、顕教から密教への階梯が示唆されている。十住心体系の構成からすれば、第一住心より第九住心のすべての顕教より第十住心の密教に到達するのはまさしく背暗向明である。
(略)これに対して、横の構造によると、衆生の心身の究極は無量の心識・無量の身があるとする。それは密教においてすべての顕教が包摂され、統合されていることにほかならない。
(略)横の構造は九顕十密といわれるように、第一住心より第九住心までは確かに顕教ではあるけれども、深い密教的な解釈からすればことごとくが密教であるという。
(略)竪の構造は九顕一密とよぶように、第一住心から第九住心までは顕教で、第十住心が密教である。したがって顕教と密教とは、いわば次元を異にしたものであるといえよう。
秘密荘厳住心は、
「自心の源底の覚知」という慮知と、
「自身の数量の証悟」という行為によって構成された世界内存在のありかた。
曼陀羅、自性清浄心、六大本不生、法界体性智などと同じ。
自分の身体と心を曼陀羅で荘厳して、
心身ともにブッダになる。
現象的存在と、
智が不二の状態。
智は「自心の源底の覚知」することによって、体験できる。
その方法のひとつが、
五相成身観。
犬が犬そのものではなく、
迷心では、かわいい犬、そうでない犬になる。
しかし、
自心の源底を覚知すれば、
犬の真実の姿を見る、
そんな感じ。
『大日経』の「如実知自心」と同じ、
という解釈もできるけれど、
ちょっと違うかな。大(本不生)
如実知自心は心続生の相で、
自心の源底の覚知は、印象。
密教の基本的立場のひとつが、
すべてが秘密荘厳心に到達する。
すべてが秘密荘厳心に含まれる。
二而不二。


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