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世界はすばらしい

仏教と密教

ネックレス、指輪、時計、ブレスレットなどをつけていると、
体調が変わります。

つけたりはずしたり、楽しめます。

数年振りに伺ったお宅で、
アンタ、誰だっけ?
と聞かれ、

スナガです。
と答える。

あーあー、あの和尚さんね。
分からなかったよ。
ええ、昔は若かったですから。
とおかしな受け答えをする。

何もかも変化することが、
諸行無常という真理なのだけれど、
何よりも変わったのは私の心。

目や耳も以前とは違うものになっている。
同じことを同じ人から聞いても、
こちらの耳は受け取りかたが変わっている。

苦手と感じていた人が、
実は僕のことを色々心がけてくれていたと知ったり、
反対に、心安いと思っていた人が、
実はうわべだけの中身のない人間と知ることもある。

孔子さまは言いました。
徳をそなえた人物は、必ず、すばらしい言葉を言うものだ。
しかし、すばらしい言葉を言ったものが、必ずしも徳のある人物とは限らない。
(『論語』憲問十四 五)

自分がそうである、
と知るのにも時間がかかる。

密教では法身うちゅうが説法する、
つまり真理そのものがダイナミックにその内容を私たちへ伝える、としています。

それに気がつかつかないのは、
こちらの受信状態が良くないだけのこと。

高性能のラジオは良い音を聞かせてくれるけれど、
オンボロラジオは何も受信できない。

自分にとって好ましくないところにも如来の導きがある、
とお大師さんは言う。

自然界人間界の諸々の動き、形、色は、みな如来の説法である、
と『声字実相義』にある。

暑い日に風が吹く。
ああ、涼しくて気持ちがいい、
と感じる。

それが真理を伝えるひとつのかたち。

地球上のすべてのものは元素でできており、
それを構成要素として生命がある。

生命は進化し、
太陽などのエネルギーを受けて生きている。
そのことこそが如来の説法である。

動物植物いろいろな生命があり、
同じ種類の生き物は姿形が似ている。

それも真理を示す一端である。

同じ種類の生き物でも、
個性によって違いがある。
少しづつ違う。

そして、それぞれの個は、
自分の生を営み、他と交わる。

だから、
あなたにも私にも、自他両方の姿がある。

それらはみんな、
呼吸のように交感しあって秩序を保っている。

だから、そのひとつである僕も、
真理の現れである。

それを自覚しなさい、
というのが真言密教の立場です。

ああ、暑いのは真理の現われである。
そう考えると、
暑いことがとてもありがたく嬉しい。

朝晩涼しくなって、
なお、ありがたく嬉しい。

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