もっとも大切なものは菩提心、
と考えています。
というのが私の立場。
『三昧耶戒序』に
これ(菩提心)に二種あり、一に能求の菩提心、二には所求の菩提心なり。
能求の心とは、
たとえば人ありて善と悪とをなさんと欲せば、
必ずその心を標して、而して後にその行を行ずるがごとし。
所求の心とは、
いわゆる無尽荘厳金剛界の身これなり。
大毘盧遮那四種法身、四種曼陀羅、みなこれ一切衆生本来平等にして共に有せり。
ひとつは「求める側の菩提心」。
自分が悟りを求め、仏になろうと志し、衆生を救おうという願い。
もうひとつが「求められている菩提心」。
衆生が仏を求めるのではなく、仏の覚りが衆生として現れている。
求めるものと、
求められるそのもの。
それは不二。
・発菩提心戒真言
oṃ bodhi-cittam utpādayāmi
オーン ボーディチッタム ウットパーダヤーミ
オーン 菩提心を、我は発す。
覚りそのものである心、
そこからいろいろなものになる。
訛って、
おん ぼうじ しった ぼだはだやみ
と唱えることが多いですが、
意味を発音を知って、
拝むようにします。


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