空は体験です。だから動詞。
空じましょう。
心を知ること。
心経の心は、
サンスクリット語のhṛdaya
直訳すると、心臓・心髄・核心など。
自心の中心・心臓は、
如来の坐る蓮華坐。
自分と如来とが、
心臓でひとつになります。
それは空。
プラスでもマイナスでもない0
モノと心
(感じ、思い、計らい、知り分ける)
流れているだけ。
仮のもの、
形あるもの、
変化するもの、
やがて無くなるもの。
現実世界は自分のイメージだけ。
色は空に異ならず
空は色に異ならず
色はすなわちこれ空なり
空はこれすなわち色なり
受想行識もまたまたかくのごとし
空の中には色もなく受想行識もなし
眼耳鼻舌身意もなく色声香味触法もなし
眼界もなく
乃至 意識界もなし
無明もなく、また無明の尽くることもなし
乃至、老死もなく、また老死の尽くることもなし
苦集滅道もなし
智もなく、また得もなし
無いとは、何もないのではなく、
それがない。
空だから、
仕切りがないから。
それとそれ以外を仕切るものが無い。
さあ、そうイメージして、
好きな回数だけ唱えましょう。
タニャタギャテイギャテイハラギャテイハラソウギャテイボウヂソワカ
この世は旅の宿、
心だけが唯一のよりどころ。
そこは、
広々している、ひとつ
宇宙に心身があり、
心身にも宇宙がある。
鏡が映りあうような感じ。
ギャテイギャテイハラギャテイハラソウギャテイボウヂソワカ
好きな回数唱えます。


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