昔のブログ

仏教と密教

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凡人達人

凡人が見れば、 石ころ、雑草。 達人が見れば、 宝石、薬草。 僕ら凡人は、 自分(心)と自分以外(事実・物質)の差が大きく、 無いものを有ると錯覚していることが多い。 あれでなければ、これでなけれ...
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心を表現するもの

世界は自分と自分以外で成り立っています。 自分(真実・心)を表現するものが自分以外(現実・物質) と考えると、 私は、 大地のようにどっしりと立ち、 すべてのよりどころ。 水のように熱悩を去り、 ...
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大きな心

僕が、私が、という個別の心に対し、宇宙全体心(一心)があります。 現実、凡人の心と、完成、達人の心。 「三昧耶戒とは行人が信心し、 大悲すくいし、大智みちもとめし、大定こころしずめすることであるが、 この四心は帰するところ一心...
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本日吉日

菩提心発露の日が吉日。 どんなことでも、吉凶は自心によります。そして、吉凶は後から思うこと。最初から決まってはいない。 今日はいい日だった、楽しかった、ほっとした、ああ、いい日だった、と思うのは心。事実ではない。 『孔雀...
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虎とブッダ

昔々、 インドに優秀な王様がいました。 王様には3人の王子がいました。 ある日3人は森へ遊びに行きました。 するとそこには、 飢えてやせ衰え、餓死寸前の虎の親子がいました。 親が子を食べてしまうかもしれ...
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みんな平等という瞑想

平等というのは、 冷静に相手を見て、動揺しないこと。 僕らは普段、 自と他、主と客の間に差別があり、 自・主にあつく、他・客を忘れる。 この差を減らす瞑想のひとつ。 平等と知れば怒りが消えます。 ...
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実践的な仏教

『般若心経秘鍵』の冒頭に、 「無辺の生死しょうじ、何んが能く断つ 唯だ禅那ぜんなと正思惟しょうしゆいのみ有ってす」 とあります。 はてしない迷いの世界を断ち切るのは、心を静める修行と、正しい考えかたの二つ。 そして...
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光とsamādhi

サマーディと読みます。旧訳で三昧新訳は三摩地坐禅瞑想の最終局面のこと。 元々の言葉の意味は組み合わせること結合させること これが真理への深い瞑想ということになります。 栂尾先生は三摩地こころまとめと訳しています。 ...
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清らかさと喜び

一切衆生は本来仏。覚っているけれども、それを知らずに欲望にまみれ、迷っている。けれども、本来仏であるから清らかで、みな平等。 この、本来清らかであることは,信じるしかないのだけれど、その清らかさを讃え喜び、自他の心に広げる。 ...
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あなたの言う通り

自分がいつも正しいと思っていました。 僕はまちがっていない。 常に自己を正当化していました。 その結果、 失敗ばかりの人生です。 自分の意見ではなく、 あなたの言う通りにしたら、 何でもうまくいく...
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