『即身成仏義』に、
六大無礙にして常に瑜伽なり
六大をもってあらわす法界の体性は
これをさまたげるものなく常に瑜伽いる。
そして成仏を説く偈には、
法然に薩般若を具足して
心数心王刹塵に過ぎたり
各々五智無際智を具す
円鏡力の故に実覚智なり
一切をつつみ一切をつらぬく本初の仏は、
法然に薩般若を具して不足なし。
その本初仏の表現たる各々の衆生は、
各々に心王心数ありて刹塵に過ぎたり。
その心識そのままが転じて智となるがゆえに、
各々に五智と無際限の智とを具して欲くるなし。
その智をもって一切を現じ一切を照すこと
円鏡力の如くなるとき、真実覚智の仏となる。
(『現代語の十巻章と解説』
『大日経』の正式名称は、
『大毘盧舎那成仏神変加持経』
Mahāvairocanābhisaṃbodhivikurvitādhiṣṭhānavaipulyasūtrendrarāja nāma dharmaparyāya
(大日如来が正しい全きさとりにもとづいてさまざまな姿かたちをあらわして、
一切のものに不可思議な力を加え護ることを説いた経典)『密教経典(宮坂宥勝』
成仏はabhisaṃbodhの訳。
梵和辞典では
現等覚。正しい完全なさとり。
仏になるという意味ではなく、
仏である、
ということ。
密教は、
現実世界のすべてを
如来の三摩耶身とします。
すべては六大だから。
六大そのまま現象
現象そのまま六大。
すべての中に、
完全なさとりが具わっている。
だから、みな救われる。
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