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密教、仏教、精進料理、望診法の

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仏教と密教

仏教と密教

心から身体へ

心を表現するものがモノ、と考えます。心は手のようである、足のようである、心臓のようである、などと。心、私、霊魂、そういうものは、手足心臓のように、思わなくても、あるでしょうか。新しい家へ引っ越して、どんな部屋にしようか、考えて、家具や電気製...
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秘蔵記 

『秘蔵記』はお大師さんの真筆では無いようですが、重要な教えが詰まっています。真言宗の目的は本不生際の体験。それについては、本不生際ありのまま(無限)というは、心は虚空のごとくにして不生不滅なり。この本不生は不可得なり、アビラウンケン(の五字...
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心とモノ

心はある、ない。身体はある、ない。あるでもなく、無いでもなく、空。いろいろな立場があります。経典真言を唱える。音が耳を刺激し、脳へ送られ、思い、はからい、認識されます。意味を知って唱えるから、正しい発音を知っているから。意味を知らなければ、...
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お守り

ある人から、あのねえ、食事とか早寝早起きとか自分の努力じゃなくてねえ、何かモノで運が良くなるもの無いの?努力精進して発奮出来る人なんて少ないんだよ。世間ではモノなの。不運は自分以外のせいにしたいんだよ、みんな、それで安心するんだ。ハイハイ、...
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Borrowed Time

ビン缶ダンボールの日、集積所へ出しに行くと、缶もたくさん集まっています。モルトとホップのビールは少なくて、ビール風飲料がよく飲まれている、というのがわかる。まあ、醤油だって純正のものは少なく、醤油風調味料を使う家庭のほうが多いだろうけれど。...
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怒り

『理趣経』第三段には阿閦如来の悟り。教化することの難しいものをやっつける。もちろん、危険な場合です。怒りは、自分自身の内面的な敵と戦うものです。煩悩をやっつける。怒りの対象は自分自身。戯論(分別)をやっつける。道徳では、欲望はほどほどに、怒...
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孤高

『「甘え」の構造』では、甘えとは、周りの人に好かれて依存できるようにしたい、という日本人特有の感情だと定義する。この行動を親に要求する子供にたとえる。また、親子関係は人間関係の理想な形で、他の人間関係においても、親子関係のような親密さを求め...
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たなばた

7月1日は釜蓋一日かまぶた。地獄の釜もフタを開けて、住人が子孫の元に帰ることができます。4日、立石寺で施餓鬼法会を行いました。餓鬼に施す功徳を、ご先祖の菩提に回向する。蚊除けが、蚊を死なすのではないことも祈る。5日、千葉では、ひまわり満開。...
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清らかさ

『理趣経』には、一切は清浄であると説かれています。すべてのものも心も、本来、買ったばかりの白シャツのように汚れていない。生きているうちに、汗やほこりにまみれるが、洗えば、元のように、きれいになる。生きている行為も言葉も思いも清らかである。修...
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安心

運が良いと感じると、何だか安心します。天気が良い、収入が多い、懸賞に当たる。運が良くなるのは、画数と食べ物です。電気は送電に一番ロスがあるから、使うところで発電するのが最も効率的。だから車も自分で発電するのがいい。エンジン、モーターは走って...
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