言葉と事実はつながっていないことが多い。
考える心は事実でないことを表現します。
それを言葉にしている。
客観的な裏付けがあるのが事実。
事実は真実か?
いろいろな立場がありますが、
密教では、
現実は真実界の現れ、
と考えます。
真言(考える入れもの)は真実の言葉。
言った、話した、
という行為は事実ですが、
その内容は主観であり、事実ではない。
空が青い。
いや、雨が降っているよ。
雲の向こうは晴れて青い。
私はあなたに100円払った。
言葉だけでは事実にならないので、
それを証明する領収書などが必要になります。
主観 と客観 がいつも不二、
という立場でいられるように、
言葉が真言になるように。


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