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煩悩の数

仏教と密教

そもそも煩悩とは何か。
迷いおろかさ、ともいいます。

このおかげで苦や「しまった!」
が生じます。

『菩提心論』では無始の間隔けんきゃく 

栂尾先生の訳では、
むかしよりこのかた、衆生と仏とを間隔へだてする微細のまよい

自分と仏の仕切り、区別、

これが煩悩の始まり。
これが無ければ煩悩というイメージは生まれない。

これは、
瞑想修行、心のトレーニングで超えられます。

超えられないまでは、

生きている瞬間瞬間にある
人の数だけある
無限にあります。

煩悩も空ですから、
現象があるだけで、実体、本質的なものはありません。
生じては消え、
変化し、
じっとしていない。

大空の霞、
大地の上の蜃気楼のようなもの。

無限にあるけれど、
そのうち無くなります。
元から無いかな。

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