不邪淫は倫理道徳。
不淫は宗教、
無明の根本は渇愛。
飲酒、砂糖、薬物、射精などの強い陰性は、
精神の安定、瞑想に向いていません。
津田先生の『金剛頂経』によると、
人間的な生が必然的に苦であるのは、世界の本質が渇愛であるから。
(集諦)
無明とは意識せられない状態における渇愛のこと。
人間は渇愛を滅することによって、
人間的な存在の世界から解脱して、
涅槃の寂滅に帰るべき。
(滅諦)
八正道の本質は、現法的梵行。
一生を目処として性的貞潔を保つこと。
(道諦)
以上が煩悩の尽きた状態。煩悩を離れること。
『インドの光』には、
神を覚るためには禁欲をすることだ。
十二年間続けていると特別な力が生まれてくる。
体内にメダ神経という新しい神経ができて、
あらゆることを思い出し、記憶し
――また、あらゆることが理解できるようになる。
禁欲を破ると、人間として最も重要な力が弱まるのだ。
性欲から5年くらい離れると、
少し深い瞑想ができるようになります。
前後の無い。
それまでは、妄想です。
夢精などで射精してしまった後は、
瞑想の陰性な力が弱くなるので、
一字金輪呪を唱えます。


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