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迷悟の割り合い

仏教と密教

煩悩と悟りはワンセットです。
右と左、
前と後みたいに。

迷いがあるから悟りがあり
悟りの裏に迷いがある。

どちらかだけなら、
どちらも無い。

でも、迷っていたことが、
覚りに変わることが、毎日あります。
あ、これだ、
という感じで。

『菩提心論」では、無始むし間隔けんきゃくといいます。

自他の間に仕切りがあること

ここから、
貪り怒り無知迷い苦しみなどが生まれます。

どちらかだけはない。
始めあるものはおわりあり
表があればう裏がある
表が大きければ裏も大きい
すべては変化している
同じものは何もない。

陽性な迷い煩悩1に対して、
悟りの心は5~7。

それでバランスが取れています。

智慧と慈悲の行いと瞑想を迷いの5倍。

拝んでいる時は、
間隔が無いかもしれない

それはその印象を持つだけです。
坐を立てば迷い煩悩の人。
重要なのは煩悩迷いは悟りになる
悟りは煩悩になる。

心のどういう立場でいるか。
どういうトレーニングをしているか。

もし、煩悩が消えてしまったら、
悟りも消えます。
それ以外の、
ふたつに分けているものも無くなるかもしれない。

1:5くらいなら生きている。

その時、微笑むか

その時、
息を吐いて、忘れるか。

あれを覚えていては、台無し。

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