『大日経』に
「如実知自心」とあります。
自分の心をありのままに知ること。
これが、さとり。
自心を知るために、
長いトレーニングが必要です。
慈悲の行いによって、
他のあらゆる心を越えるために。
『金剛頂蓮華部心念誦儀軌』などでは、
心相は測量し難し。心は月輪の軽霧の中にあるがごとし。
とあります。
津田先生の『金剛頂経』(東京美術)には、
通達せよ、善男子よ、
自己の心を各各に観察する三昧によって、
すなわち、その命題の内容とそれを誦することとの同一性が
その本性よりして成就しているところの、
したがって、誦しさえすればそのことが成就する筈の、
次の如き真言を好きな回数だけ誦することによって。
oṃ citta prativedhaṃ karomi
われは自心の源底に通達せん
そして、
人が”実在者”と相似ならば、
その人はそれと同一である。
人が”実在者”と相似になるように、
自己を象徴操作によって再構成するなら、彼はそれと合一できる。
宇宙全体との相応瑜伽。
拝むとき、
それが自心と宇宙の仕切りを取り除くなら、
誰もが大日如来。
宇宙そのもの。
大日如来は、
私たちの姿にとても似ている。


コメント