ヒトはしゃべるタイプの生き物なので、
せっかくだから真言を唱えたほうがいい。
真言は、
唱えて真実を観察する手段。
唱えれば、思いが成就するサイン。
仏と交流する方法。
例えば、
大日如来の真言
a vīra hūṃ khaṃ
『秘蔵記』には、
「本不生は阿卑羅吽欠なり」
つまり、
自心は現実世界である。
発菩提心真言は、
oṃ bodhi-cittam utpādayāmi
オーン 菩提心を、私は発す。
つまり、
自心は本来清浄である、
買ったばかりのシャツ、
洗濯して垢をおとした服、
みたいにきれい。
三昧耶戒真言
oṃ samayas tvaṃ
オーン あなたは三昧耶なり
仏と平等である.
現実世界は仏の現れだから、
それとも平等、
つまり、差別なくひとつである。
このみっつ、
仏前と日常生活で唱えるのがいい。
自分が思っていることと、
同じ意味の真言を
好きな回数だけ唱えること、
そのようになります。