食事作法はしたほうがいい。
お腹のために。
○食時作法解説 2015.8.26を改
食事は感謝をもっていただく、
というのは誰でも知り行っていることですが、
もうすこし丁寧に食事のことを考えると、
感謝以外にも大切なことがあります。
仏教の作法で大切にしているのが
懺悔と反省、誓願と報恩感謝。
そもそも、食事は身体を維持するためだけではなく、
悟りを得、幸せになるために食べます。
健康になるためだけなら、
野生動物と同じものを同じように食べれば良いかもしれない。
彼らは僕らよりかなり健康ですから。
仏教・密教の食事作法では、最初に、
「平等行食」
と声に出してから作法が始まります。
食事に限らず、仏教は徹底的な平等主義です。
これは、全ての生き物が平等に仏になれる、
ということで、民主主義的な平等では無い。
全ての人は完成されている、完成する可能性がある、
という意味での平等。
根源の平等であって、社会的平等とは違います。
この辺を間違うと、
だれでも同じものを同じ量食べるのが平等か、ということになって、ややこしくなります。
かような平等面だけ強調したとらえかたを「悪平等」と言い、避けるべきものです。
そもそも、一人前とはなんでしょうか。
それはさておき、
「食時作法」の一部を解説します。
合掌して唱えることで、
胃と食道が食べる準備をします。
先、呪願
金輪聖皇 宝祚延長 十方施主 災障消除 福寿増長
周囲のみなさん全員の災いが無くなり、福寿が増すよう祈ります。
次、十仏名
大日如来、お釈迦さま、弥勒さん、文殊普賢観音勢至、十方諸仏の名を唱えて供養します。
次、般若心経
次、展鉢偈
鉢をのべる(並べる)偈文
心身が静かで粗暴なことから離れるように、この鉢を並べる、と祈ります。
次、受食偈
食を受ける偈文
供養のため、
仏道を志すため、
この食を受ける、
と祈ります。
次、出生食
諸神・餓鬼に供え、
鳥獣に施すために、
自分の食物から少し分けて供えます。
次、蟲食偈
身体の中には八万の小さな生き物がいて、
それぞれ役割を持って機能し、
僕らの心身を支えている、
と考えられていました。
おそらくそれは細胞のことで、
その細胞一つ一つに感謝して、
細胞一つ一つが悟りを得るよう祈ります。
次、旦粥偈
お粥さん(朝食)の時に、お粥の功徳を唱えます。
1、「色」顔色、肌つやをよくする。
2、「力」体力をつける。
3、「寿」寿命を延ばす。
4、「楽」胃にやさしく体が楽になる。
5、「詩清弁」頭の働きが良くなって、弁舌も流暢になる。
6、「宿便を除く」胸につかえない。
7、「風除」風邪をひかない。
8、「飢消」空腹を癒す。
9、「渇消」のどの渇きを癒す。
10、「大小便調適」大小便の通じが良くなる。
次 五観(お膳を前に、下記を観想します)
一には、功の多少を計り、彼の来処を量れ
『意味:己の行為をかえりみ、この食べ物が如何にして作られたかを思う』
二には、己が徳行の全か闕か多か減かを忖れ
『意味:己の徳を積む行いが、完きか欠けているか多いか少ないかを思う』
三には、心を防ぎ、過を顕すは、三毒に過ぎず
『意味:善心を妨げ過ちを起こすのは、貪りと瞋りと愚痴なることを思う』
四には、正しく良薬を事とし、形苦を済はんことを取れ
『意味:食べ物はいのちを養う為であり、正しい食物を必要の限度にとることを思う』
五には、道業を成ぜんが為なり、世報は意に非ず
『意味:自他ともに幸せになることを目標にして、徒に世の栄達を願わざることを思う』
次 正食偈
若飯食時 当願衆生 禅悦為食 法喜充満
『意味:食事は、 悟りの智慧を養うためであり、悟りが得られる喜びが満たされるように、と願うために食べます)
「いただきます。」 以下を観想しながら食事を始めます。
次、誓願偈
為断一切悪 為修一切善
為度一切生 為回向仏道
ご飯をひと口入れて、
一切の悪を断つために、と思う。
ご飯をひと口入れて
一切の善を修するために、と思う。
ご飯をひと口入れて
全てのいのちを救うために、と思う。
お汁をひと口入れて
仏道に回向するために、と思う。
ひとくちめが、どれくらいの量かで、その食事が決まります。
食事が終われば
次 食竟偈
飯食巳訖 當願衆生 所作皆辨 具諸佛法
『意味:食事の作法は、そのまま修行の道であると心する』
「ごちそうさまでした。」
いただきます。
ごちそうさまは、
素敵な言葉。
おいしかった、
は、いつでもどこでも、
自他を幸せにする言葉。
ひとりで言ってもいい。
言うだけで功徳を積みます。
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