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どこにもない

仏教と密教

心を知ることが悟り
つまり仏教の目的ですが。
知っていますか、心。
僕はちょっと。
あることさえ疑っています。

『金剛頂蓮華部心念誦儀軌』には、
よくよく観察すると、
すべてのものは自心から生じている。
おろかさも迷いも、それにつきそうものも、
モノも心も。
幻と焔のよう。
火をつけた繩をぐるぐる回して見える輪のよう。
谷のこだまのよう。

この辺は大丈夫ですね。

では、自心を観るにはどうするのか。

自心を見定めるのは難しい。
それは、
月輪が軽霧の中にあるがごとし。

月輪が円満で落ち着き明るくて欠けることなく、
それが心である、と。

『金剛頂経』五相成身観には、
宇宙の真理を知らなければ、、
悟りさとり を体験することはできない。
そのためには、

通達せよ、善男子よ、自己の心を各各に観察する三昧によって
本性より成就しているところの真言を好きな回数だけ誦することによって

すると、
自身の心臓に月輪の行相が見えてくる。
本性清浄の心が。

『大日経』住心品には、
まず、悟りとはありのまま自らの心知ること。

悟りを求める心は形なきもの
心は、
内にも外にもどちらにも無い。

青・黄色・赤・白・紅紫
長い短い
円形四角
明と暗
いずれにも無い。

心の世界を訪ねると、
いかなる感覚世界でも、体験できない。

大空の如く
思慮なく
思慮なきもの離るれば、
果てしなき空と同じて
心と空は形なし
すがたなき心すなわちすがたなき悟りと同じ。
『和訳大日経』東京美術

心はある、
でも、実体(本体)は無い。
イメージ、働き、妄想が、
脳にあるだけかな。

思わなければ、
それを言語などで外に出さなければ、
無い。

外へ出すには、
きれいにしてから。

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