拝みかたには、
・自己批判(懺悔反省)
・自己拡充(自心の観察、凡聖不二観)
・回向
があります。
たとえば、
三昧耶戒真言
oṃ samayas tvaṃ
オーン 汝は三昧耶なり
三昧耶は仏自他の平等、
如来の命のあらわれ、
真如、ということ。
これを唱える時、
この意味を味わいながら唱える、
口から出た真言が本尊に入り、
本尊の口から出た真言が我が心に至る、
真言が発生する自心は真言のとおりであり、
清浄で虚空の如し、
など観想しながら唱えるのが自己拡充。
回向は、
お世話になった人を心に浮かべ、
みんなが悟りを開くように、
しあわせになるように、
動物植物すべての存在が幸せになるように、
と念じながら唱えます。
自分本位ではない祈り。