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心を構成するもの

仏教と密教

この場合の心は、本来の心。
迷う前の心、何にも染まっていない、自性清浄心。
買ったばかりでまだ着ていない、だから汚れていない服みたいな心。

この心を知ることが悟り、成仏、菩提、完成です。

この心は三摩地と六大で構成されています。
三摩地は本初を体験する瞑想行。
六大は、地水火風空識。

『菩提心論』に、

「即ちこの三摩地とは、よく諸仏の自性に達し、諸仏の法身を悟つて、
 法界体性智を証して、大毘盧遮那仏の自性身・受用身・変化身、等流身を成ず。
 いはく、行人未だ証せざるが故に、理宜しくこれを修すべし」

とあり、
三摩地によって諸仏の本体に達し、諸仏の真理を悟り、
法界体性智(元から具わるありのままの智慧=いのち)を証して、
大毘盧遮那の四種法身を成ずる
ということ。

四種法身は、
1、大日如来(全ての基本)僕らがイメージできる最高のもの
2、自分の楽しみと、他を楽しませる仏、あらゆるシンボル的なもの
3、文字や言葉で表現された仏、お釈迦さまのように、現われた仏
4、世界の動くものと動かないもの、すべてに寄り添う仏、あなたや私、
  極楽の人や地獄の人

さらに、
「凡そ、今の人、もし心決定して教の如く修行すれば、
 座を立たずして三摩地現前し、是に本尊の身を成就すべし」
栂尾先生の訳では、
「今の人も、もし大決心をもって、かの義成就菩薩(お釈迦さま)の如くに修行せば、
 その座を起たずして、三摩地(こころまとめ)をあらわにし、
 そこに仏の姿を成就することができる」
教えの如くの修行とは
五相成身観や三密行といった、密教瞑想のこと。

そして、『即身義』には、
万物の本体は六大である、と説かれています。
つまり、悟りとは心だけではなく、身体にある、ということ。

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