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密教、仏教、精進料理、望診法の

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仏教と密教

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そして完成しない

『仏教経典散策』の「金剛経」を読むと、如来によって説かれた<智慧の完成>は智慧の完成ではない。ということが書かれています。智慧というのは一切のものには実体はなく、それは変化し極まりがなく、すべて縁起しているという真理を見きわめる英知のはたら...
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火を燃やし続けるのか

火は後から後からつながっています。途中で止めて、「火」を取り出すことはできない。火と燃えるものは違います。燃えるものが無くなれば、火も無くなります。火という自立したものはありません。もしあるのなら燃やすものが無くても火があるでしょう。あと、...
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智慧の完成

『般若心経』に、観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄と説かれます。とても深い智慧の完成の修行をして、モノと心は本性が空であると見抜かれた。まあ、そういうことですね。ひとつの疑問は、完成などあるのだろうか。すべてのものは諸行無常...
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これから

平等にあるもののひとつが、これから。例えば、今日、明日。その内容はすべてに無限の可能性があります。これを、そうだ、とわかるのを悟りという。漏れることは無い。さあ、行こう。OFUSEで応援を送る
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ひとりでなにもできない

朝起きるのも、トイレも、顔洗うのも、歯を磨くのも、ひとりでできますが、水が無かったらどうしよう。郵便局へひとりで行けるけれど、局員さんがいなければ、切手もレターパックも買えない。三力というものがあります。功徳力(自分の努力工夫)加持力(他か...
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阿字本不生と残尿

自身に地水火風空の五大を観想する場合、私が教わったのは、会陰に阿字、つまり地大を観想します。伝授によっては違うこともあるでしょう。そこに本不生、すべてのよりどころ、原初、すべてに含まれるもの、真実の象徴がある、とします。ところで、歳をとると...
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仏壇と拝む時間

仏壇があると便利なのは、拝む気になること。仏壇があれば、お線香を立て、合掌する気になる。もちろん仏壇が無くても、どこでも拝めます。仏壇の前で拝むのは練習、本番は日常生活。いつでも拝む。目覚めた布団の上で、トイレで、シャワー中に、顔洗いながら...
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病気と宗教

病気になるとできないことがあります。心身はいろいろ大変です。だから、相手がそれをしないのは、病気なのかもしれない。もうひとつは、宗教かもしれない。そういうことはしない宗教。そういうライフスタイル、というのもあるかな。陰性になると、ゆっくりに...
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宝物のような時間

思い返すとそう感じる時がありました。もっと、積極的になればよかった。時間は流れています。すぐ去ってしまう。ご飯を食べている時間、話をしている時間、拝んでいる時間、運転している時間、歩いている時間、全部夢のよう。今、生きている時間は、必ず光り...
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法界体性智 ほんらいのありのまま

食と性の生存欲のみのいのち。倫理道徳を知り、神や哲学を考える。無我を求め、因果の法則を学び、心は何かを見つけ、空くうを体験する。主体と客体、一と多、自分と自分以外が不二である、曼荼羅さとりのよであると観る。そんな心の段階では、貪り怒り愚痴な...