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密教、仏教、精進料理、望診法の

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仏教と密教

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自分が関心をもったすべての塵

エゴマの花が咲き始めました。『般若心経』にも登場する、色声香味触法(しきしょうこうみそくほう)を六塵と云います。心を染め汚すものだから塵という。感覚器官、もしくはそれを刺激するものですね。視覚と視覚刺激、聴覚と聴覚刺激・・・。見えるものには...
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聖への憧れ

人生の中で、一日のうちで、自分のなかで、一瞬のうちに、聖と俗を行ったり来たりするのが人生、と考えています。その中で、聖なるときは、ひとりでいることに慣れる時。「潤水一杯朝に命を支え、山霞一咽夕に神を谷(やしな)う」(一杯の水で身体が喜び、一...
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経典に書いてあるのは仮説

仮説(けせつ)は、仮に言葉で説く、ということ。言葉を使うと、その言葉に限定されてしまうので、うまく伝わらないことはよくあります。とりあえず、ことばで言えば、こういうこと、という感じかな。例えば『般若心経』に、「色即是空(色は則ち是れ空なり)...
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成仏の切り札

仏教生活、仏道修行の基本は、大智、大悲、大定。大智は、自心を実の如く知ること、存在とは何かを知ること。最勝の道を求めること。自利。大悲は、優しさと思いやり、仲良く生きるということ。利他以上はいわゆる智慧と慈悲、本来清浄な心であるいのちは、そ...
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思考する道具

真言は、サンスクリット語のマントラ( Mantra)の訳語。manは思考するtraは道具とか器真言によって真実を思考します。但し、達人と凡人では、使いかたがちょっと違う。『声字義』に、如来の説法は必ず文字による文字の所在は六塵その体なり仏の...
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真言念誦の特殊性・神経瞑想と内臓瞑想

世界は循環しています。月星も大気も水も。身体の中では、呼吸や血液や体液、そして思考が。社会ではお金が循環し、心のなかでは、聖と俗が巡ります。瞑想行の精神集中では、腰(会陰、生殖器)、腹(臍)、胸(心臓)、喉、額、頂上のように、身体の下(土台...
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むさぼり、いかり、おろかさ

心の静けさを乱すものを迷い、煩悩と云います。その根本が、貪り、怒り、無知で、三毒と云います。貪りは、施しの心、仲良くすることによって消えます。同じように、怒りは、耐え忍ぶ心、微笑むこと無知は、道を求める向上心、勉強することによって無くなりま...
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あびらうんけん

胎蔵大日如来の真言はa vi ra hūṃ khaṃ(ア ヴィ ラ フーム カハァム)もしくはoṁ avīra hūṃ khaṃ(オーム アヴィーラ フーム カハァム)上は、真如の体である、地・水・火・風・空のこと。下は、すべては元無きもの...
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人みな仏、とはどういうことか

昔々、仏・ブッダとはお釈迦さまのことでした。お釈迦さまは法(ダルマ・真理の教え)を覚ったからブッダ(覚った人)です。お釈迦さまの後、法そのものをブッダの本体を考えるようになります。それが法身(dharma‐kāya)、宇宙法界そのもの、自然...
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十一面観音に見る智慧の表現

仏像の表現は、経典儀軌に説かれています。十一面観音がどのような姿なのかは、いくつかの経典にあり、密教の修法で拝むのは、曼荼羅に表されているような、坐像、十一面、四臂(手が四本)『密教辞典』(法蔵館)より頭上の十一面は、正三面が寂像の相。鏡の...