すべてのいのち、存在は仏になる無限の可能性を持っています。
しあわせな如来になる素質がある。
『理趣経』第十二段に、
「一切有情如来蔵」
『四無量心観』に、
「遍緣六道四生一切有情
皆具如来蔵」
と説かれます。
僕らが本来仏であるのは、
気がつかないことが多いので、
仏さまのほうから、
あなたは仏さまですよ、さあ、迷いから覚めなさい、
と起こしてくれます。
驚覚といいます。
例えば、
「衆生痴暗にして自ら覚るに由なし
如来加持してその帰趣を示したもう」
(声字義)
「一道如実心の人
諸仏の驚覚をこうむるがゆえに
極無自性心を発す」
(三昧耶戒序)
家では親が、
さあ、起きなさい、と。
しつけと優しさによって。
僕らが生まれつき持っている慈悲と智慧は、
自然に顔を出すことは少ない。
だれかから教わります。
優しさ、おもいやり、言葉遣い、
親や社会の驚覚によって現れます。
それらはみな仏の説法。
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