昔のブログ

やめられない、やめたくない

仏教と密教

過去現在未来の差別が生じる直線的な時間。

そこでは、

すべてに始まりと終わりがあり、

常に変化しています。

それとは別に、

始まりも終わりもない、

ぐるぐる回る円のような時間

も考えられます。

真言を唱えていると、

終わりたくない、ずっと続けたいと感じることがあります。

私の身体は直線的な時間にいて、

真言は円の時間にあるような。

唱えていると、それになる真言念誦。

唱えている間は自他不二、我即本尊。

これが最後かもしれないから、

悟るまで唱えたい。

明日はないかもしれないから。

ああ、いつまで唱えようか

念誦ハイ

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