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密教、仏教、精進料理、望診法の

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仏教と密教

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理趣経に書いてある「生きかた」

理趣経17段の内容は、初段あらゆる存在も行為もみな清浄であるという真理第二段四種のさとりを明らかにする法第三段内外の敵を調伏する方法第四段あらゆる存在や行為は平等で清浄であるという教え第五段実践すべき布施行について第六段三密行による救済活動...
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熙怡微笑

真言宗で常用しているのが『理趣経』。正式名称は『大楽金剛不空真実三摩耶経般若波羅蜜多理趣品』理趣とはサンスクリット語nayaの訳で、意味は、導くもの、筋道。般若波羅蜜(智慧)への道、ということ。『理趣経』には17章あり、そのうち9つの章の後...
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自分と自分以外の世界

これは金剛界曼荼羅。元々覚っている、という世界、つまり主体、自分の精神世界、悟り(真理)の世界へ行くプロセスを図画にしたもの。こちらは、胎蔵曼荼羅。世界のすべては本来生じることも滅することもない、そういう世界、宇宙、つまり客体、自分以外の世...
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思いをいたす

『性霊集』には還源(げんげん)という言葉が何回か出てきます。例えば「性薫我を勧む、還暦を思いとす」(造大曼荼羅願文)性薫は人々が元々持っている仏になる性質、仏の自覚還源は、源へ還る、つまり仏に成ること中川先生は人の本性は、常に向上を願うて止...
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自分が関心をもったすべての塵

エゴマの花が咲き始めました。『般若心経』にも登場する、色声香味触法(しきしょうこうみそくほう)を六塵と云います。心を染め汚すものだから塵という。感覚器官、もしくはそれを刺激するものですね。視覚と視覚刺激、聴覚と聴覚刺激・・・。見えるものには...
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聖への憧れ

人生の中で、一日のうちで、自分のなかで、一瞬のうちに、聖と俗を行ったり来たりするのが人生、と考えています。その中で、聖なるときは、ひとりでいることに慣れる時。「潤水一杯朝に命を支え、山霞一咽夕に神を谷(やしな)う」(一杯の水で身体が喜び、一...
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経典に書いてあるのは仮説

仮説(けせつ)は、仮に言葉で説く、ということ。言葉を使うと、その言葉に限定されてしまうので、うまく伝わらないことはよくあります。とりあえず、ことばで言えば、こういうこと、という感じかな。例えば『般若心経』に、「色即是空(色は則ち是れ空なり)...
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成仏の切り札

仏教生活、仏道修行の基本は、大智、大悲、大定。大智は、自心を実の如く知ること、存在とは何かを知ること。最勝の道を求めること。自利。大悲は、優しさと思いやり、仲良く生きるということ。利他以上はいわゆる智慧と慈悲、本来清浄な心であるいのちは、そ...
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思考する道具

真言は、サンスクリット語のマントラ( Mantra)の訳語。manは思考するtraは道具とか器真言によって真実を思考します。但し、達人と凡人では、使いかたがちょっと違う。『声字義』に、如来の説法は必ず文字による文字の所在は六塵その体なり仏の...
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真言念誦の特殊性・神経瞑想と内臓瞑想

世界は循環しています。月星も大気も水も。身体の中では、呼吸や血液や体液、そして思考が。社会ではお金が循環し、心のなかでは、聖と俗が巡ります。瞑想行の精神集中では、腰(会陰、生殖器)、腹(臍)、胸(心臓)、喉、額、頂上のように、身体の下(土台...