昔のブログ

密教、仏教、精進料理、望診法の

動画はこちら

仏教と密教

仏教と密教

むさぼり、いかり、おろかさ

心の静けさを乱すものを迷い、煩悩と云います。その根本が、貪り、怒り、無知で、三毒と云います。貪りは、施しの心、仲良くすることによって消えます。同じように、怒りは、耐え忍ぶ心、微笑むこと無知は、道を求める向上心、勉強することによって無くなりま...
仏教と密教

あびらうんけん

胎蔵大日如来の真言はa vi ra hūṃ khaṃ(ア ヴィ ラ フーム カハァム)もしくはoṁ avīra hūṃ khaṃ(オーム アヴィーラ フーム カハァム)上は、真如の体である、地・水・火・風・空のこと。下は、すべては元無きもの...
仏教と密教

人みな仏、とはどういうことか

昔々、仏・ブッダとはお釈迦さまのことでした。お釈迦さまは法(ダルマ・真理の教え)を覚ったからブッダ(覚った人)です。お釈迦さまの後、法そのものをブッダの本体を考えるようになります。それが法身(dharma‐kāya)、宇宙法界そのもの、自然...
仏教と密教

十一面観音に見る智慧の表現

仏像の表現は、経典儀軌に説かれています。十一面観音がどのような姿なのかは、いくつかの経典にあり、密教の修法で拝むのは、曼荼羅に表されているような、坐像、十一面、四臂(手が四本)『密教辞典』(法蔵館)より頭上の十一面は、正三面が寂像の相。鏡の...
仏教と密教

五つの大きな願い

真言宗で唱えるポピュラーなものに五大願(ごだいがん)があります。衆生無辺誓願度(しゅじょう むへん せいがんど)福智無辺誓願集(ふくち むへん せいがんしゅう)法門無辺誓願学(ほうもん むへん せいがんがく)如来無辺誓願事(にょらい むへん...
仏教と密教

花に集まる

お腹に事情があって粗相をしてしまい、パンツを洗いながら思い出したことがあります。荻生徂徠の家の飯炊き婆さんが「下谷の祝言寺のお説教にはずいぶん人が参集いたしますが、 こちらの授業には人が来ませんねえ」と言ったら徂徠は、「おうおう、くさい物に...
仏教と密教

大地から大空まで

現実にあるこの世界を、真実と考えましょう。その真実には大本のタネがあります。大地に種を蒔いて、雨が降れば芽を出します。そこには、水と土の縁がある。芽を出せば日の光の縁によって成長し、季節の風によって、二酸化炭素とか窒素とかの大気中の成分の縁...
仏教と密教

原因に似ていない結果

結果は原因に似ているか、似ていないかのどちらかです。それを決めるのが縁と条件。地位や名誉を求めるために、それを求める心を発し、それを得るための努力工夫をする。そのように、菩提を求めるために、菩提心を発し、菩提の行をします。菩提の行は、他を自...
仏教と密教

元からある智慧、後から得た智慧

眼という器官が、モノを見ることで、それを知り、認識するのが眼識。同じように、耳識、鼻識、舌識、身識、意識があります。迷いの立場(凡人)では、それらが知る、認識するものに差別があり、執着があり、その結果、迷います。悟りの立場では、それらはみな...
仏教と密教

心の使いかた

昨日の巨人・阪神戦は車のラジオで聴きました。ジャイアンツの菅野が3安打完封タイガースの髙橋遥人も7回106球被安打2これは事実です。素晴らしい投手戦だった、相変わらずタイガースはチャンスに弱い、というのは僕の感想であって事実ではない。そうは...