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いのちのあらわれ 2

仏教と密教

『理趣経』には曼荼羅の意味で
三昧耶(三摩耶)という言葉が使われます。
さとりの世界、ということ。
その他、
誓いに住する、という意味で、
三昧耶(三摩耶)心という言葉が説かれます。

勉強と瞑想修行によって、
よくよく自心を観察し、開発し、
如来の覚りの心(三昧耶心さとりのしるし)に近づきます。
すると、
世界の全ては如来の「いのちの表れ(三昧耶身)」であり、
自身もそうである、と発見します。

つまり、
自分と自分以外の一切が如来いのちのあらわれなので、
覚りと迷いの区別はなく、
すべてが自性清浄心の世界。

そこには、
あらゆる印象が集まり、
それが人生を飾り、
新たな心を発見します。
この印象と発見が悟りです。


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