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密教、仏教、精進料理、望診法の

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仏教と密教

仏教と密教

あなたと私

因縁でもない自然でもない、あるがままの不生不滅なら、私はどこから来たのか、あなたはどこへ行くのか、言葉にはできない。だから、迷い煩悩に汚れることは無い。始まりと条件とおしまいという、因果の法則に束縛されない。大空のように無限。あなたと私の違...
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さまざまな印象

悟りは体験、印象です。あ、わかった!みたいなもの。陰性な覚りは、血が薄いので、静かでしゃべらない。他人に話しても通じないと思う。ただ微笑んで座っている華厳のような感じかな。陽性なさとりは、血が濃いのでよく動いてしゃべります。論理的で、アビダ...
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先祖供養

花を供え微笑む。ローソクをつけて、心を明るくする。お線香を燃やして、まじめにはげむことを誓う。まずは思い出すこと。そして、感謝する、反省する。仏壇の前でなくても、どこでも拝むことはできます。寝室、仕事部屋、お風呂、食卓、庭、公園・・・。数珠...
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端っこと真ん中

真ん中は陽性、端っこは陰性。だから、陰性な人は陽性な真ん中を歩き陽性な人は、はじっこを歩く。真ん中で寝るか、はじっこか。真ん中で拝むか、はじっこか。場所と体調の陰陽で、気分が変わります。真ん中は求心力が働き、はじっこは遠心力。さあ、どこが拝...
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無限の印象

「ありのままに自心を知ること」(大日経)「自心の源底に通達し、 法界そのままに自心となり、 すべてがあるが如くに、 そのように我はある」(金剛頂経)「もし自心を知るはすなわち仏心を知るなり。 仏心を知るはすなわち衆生の心を知るなり。 三心平...
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捨てる

質は量によります。良いものでも、量が多いと害になり、害のあるものでも少なければ何ともない、薬になることもある。なにかを良くしようと思ったら、なにかをやめていく。自分が面白いと思うことは、他人はそう思わないことが多い。「富と性への愛着が心から...
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ついにその時が

いつもより硬いウンチがストンと出た。支度をして車で、娘とビッグカメラへお買い物。途中、街の交叉点で、若い男の子が転んでお弁当を広げていた。がんばれ、これからの人生はよいことしかない。お店で娘が買い物中、僕は店内をうろうろしていたら、足元がふ...
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観音経の問題点

観音経は唱えていると調子が良くて楽しい。おおらかな気持ちになります。このお経は、無尽意菩薩むじんにぼさつが世尊(ブッダ、お釈迦さま)へ観音様はどうして観音様と呼ばれるのですか?と問い、お釈迦さまが答える内容を説いています。観音様を念じる、拝...
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人の匂い

赤ちゃんはおっぱいくさく、子どもはあせくさい。青春は油臭く、昔は、たばこくさいのが多かった。病気それぞれの匂いがあります。匂いは発散するのですから、基本的に陰性な排毒作用。陽性な体調にくっついているものでしょう。人はもっと臭いはず、臭くて当...
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言葉と真実

言葉と事実はつながっていないことが多い。考える心は事実でないことを表現します。それを言葉にしている。客観的な裏付けがあるのが事実。事実は真実か?いろいろな立場がありますが、密教では、現実は真実界の現れ、と考えます。真言(考える入れもの)は真...