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密教、仏教、精進料理、望診法の

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瞑想

仏教と密教

イメージしてみる1 candra

「菩提さとりの心を形で観ずるときは月輪」(『菩提心論』)「我、自心を見るに形月輪の如し」「自心をよくよく観察する精神統一によって、 自分の心臓の上に月輪の姿がみえてくる」(『金剛頂経』)覚鑁さんの『一期大要秘密集』には、月輪の十徳として、円...
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自分を供える

お土産やプレゼントを、自分が開ける前に仏壇や神棚にお供えする。お先にどうぞ、という心配り。『三昧耶戒序』に「善人の用心は他を先とし己を後とす」とあります。なぜなら、「(菩薩がおこす大悲心は) 法界無縁の一切衆生を観ずることなおし己身のごとし...
仏教と密教

仏性はどこにあるのか

私とか僕というものは、実体がありません。探してもどこにもない。脳(心)が作った仮のもの、イメージです。私は無い、のだから、死んだらどうなるか、ということもありません。そもそも無いものが死ぬ、ということはない。肉体はありますが、生滅します。生...
仏教と密教

心は休まない

大脳から神経が伸びて、その端っこに目と耳があります。顔の目と耳の上に大脳があるのは、そういうことなのだろうか。それはさておき、脳の働きを心と考えるなら、心は常に動いています。脳は、心臓と同じように、生きている間は止まらないから。五感と意識、...
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密教瞑想法私記6・広観

田中千秋先生は「一切の時に阿字をあげることが広観である。 日常生活と観行は、はなればなれであってはならない。 広観は、日常の観行化であり、観行の日常化である」と『菩提心論講話』に書かれています。道場や仏前で拝むのは練習です。日常生活で即身成...
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密教瞑想法私記3・本尊加持

本尊とは『秘蔵記』41に、「我が本来自性清浄の心は世間・出世間に於いて最勝最尊なり、 故に本尊という 又已成の仏の本来自性清浄の理も、 世間・出世間に於いて最勝最尊なり。 故に本尊という」道場や仏壇に安置する仏像仏画は、未熟の行者のために、...
仏教と密教

密教瞑想法私記1・呼吸法

空腹時、沐浴後、ゆったりと坐ります。舌先を上あごに軽くつけ、唇と歯は、上下合わせる。これによって睡魔と錯覚を避けます。手は、法界定印、または弥陀定印。手のひらを上に向けることで、筋肉の無用な緊張がとれます。呼吸の基本は、身体全体、毛穴から呼...